大うつ病からの回復と僕の生い立ち、そして雑感

大うつ病を克服、回復できた元SEマネージャーSUGARBOYの大うつ病ブログ。鬱病克服の経験談や鬱病精神医療の問題、抗うつ薬治療への提言、僕の鬱病ルーツ分析、テクノストレス体験、鬱病を克服した革命的な方法などを書いてあります

鬱病解決法ブログ 鬱病再発と無縁になった僕が思う「鬱病」のこと

 どうも、Sugarbφyです。

 僕の鬱病再発のおそれはおそらく無いでしょう。
鬱病を克服してから気分の波はあるにせよ、どん底の精神状態にならなくなった!
素直にテレビ番組に感動できる自分を取り戻せ、ハッピーな鬱病克服後の生活を送ってます

 朝も憂鬱じゃなくなった。
日曜日も暗い気持ちにならなかった。
早く仕事がしたい、たくさん仕事をしてお金を儲けてどんどん遊ぶぞ、という気持ちです。

 今思えば過度の仕事のストレスや僕の鬱病ルーツによる、ひどい抑うつ状態はなにか幻想のように思える。
きっと悪い夢だったに違いないのだ。
それが現実にあったことなのか、僕の気のせいだったのかそれも今となっては遠いことのように思えます。

 そういうことから言えば、現在もうつ病のどん底まっただ中の方たちは悪夢にうなされていることだと思います。
抗うつ薬で一日中ボーっとしている方もいることでしょう。
愛する家族を支えるために必死で苦痛でたまらない仕事をされている方もいると思います。

 鬱病は脳の機能不全だとかホルモンバランスが著しく崩れているとか言われて、そういう器質的側面からよく捉えられます。
鬱病を体験していない人にとっては、その苦しさをわからないからこそ、そういうアプローチをしてしまう。
だけど、僕の経験から言えば、落ち込みを余儀なくさせる無意識の自分を解消させる以外に方法はないと思う。

 鬱病になった原因は誰しも必ずあると思います。
もし思い当たらない人は、生まれ育った環境のひどさに気づいていないか、無意識の働きによって記憶から抹殺してしまったか、鬱病に向き合いたくないがゆえになった原因を見ないようにしているかだと思います。

 鬱病の人は完璧主義者が多く、失敗をひどく恐れます。
そして誰よりも頑張ってしまいます。
そして脳に余裕がありません
考え方も本人ははっきり気づいていないけれど偏っています。
認知(受け止め方)も歪んでいます。
完璧主義者についてこちら(岩波先生の言葉・講演集)を読むと詳しく書いてあります。

 僕もこれを現実として受け止める勇気が必要でした。
でも、原因があれば必ず解決できることを言いたいです。

 鍵は無意識です。
人間の脳や心には常識では考えられないほどの深淵のどろっどろの情念が渦巻いています
残念ながら、一般的手法では無意識をどうにかしたくても方法がありません。
技術力不足、ノウハウ不足です。

 鬱病の原因は無意識にひどくこびりついています
それが落ち込みとして感情的に出てきます。
心や脳が限界になっているからこそ、前向きな思考なんてできるわけがないし、マイナス思考に陥るのは足り前。
認知も歪みますし、考えもとても偏って柔軟な発想ができません。
それらが第二/第三の落ち込みを作り、エンドレスで続いていきます

 この悪循環の根っこと断ち切らない限り、ずっと落ち込んだまま生きねばならぬと思います。
限界ギリギリの脳を解放させてください。
その方法はたしかにありましたし、僕の命の恩人岩波先生もまだまだ元気で頑張っています。
それに僕の時よりも技術的に非常にアップしています。
より脳覚醒技術適用の敷居が低くなり、万人向けになってきています。

 人は過去に経験したこと(心の傷やトラウマ)やその抑圧された環境から逃れられません
そして鬱病に至る一本道を僕らは歩んできました。
その過去は決して嫌なことであっても変えられません
そこに執着すると、どんどんストレスが貯まり、抑圧になり、ついには脳がオーバーヒートしてしまうのです。

 でも過去起こったことは変えられないけれど、影響を受けないようにすることはできます
これは岩波先生の脳覚醒技術が、大きな効果を上げる理由の一つです。
過去の嫌なことを反動で使って、エネルギーに変えることだってできるんです。
僕はそうやって、鬱病を克服させるパワーを手に入れました。

 過去の自分に起こった出来事への受け止め方を変えるんです。
僕は幼少期からの画像の流れ(いじめ、家での抑圧状態など)を、岩波先生の誘導のもと思い浮かべ、執着を減らしていきました。
受け止め方もそれで変わっていきました。
こだわらなくなっていったんですね。
僕の心の余裕はそれで生まれ、柔軟な考え方もできるようになりました。

 完璧にいかなくてもいい、頑張らなくてもいい、それをしているから完璧じゃなくなり落ち込んでいたわけで、そういう力みがストンと落ちてからは、逆にうまくいくようになりました。
ここに鬱病克服の真理があると思います。

 はっきり言えば鬱病の人はどこかゆがんでいるところを持っています。
人格がではありません。
考え方、受け止め方の歪みです。
知らず知らずそうなっていてしょうがないことであるんですが、そこに気づくことも大事でした。

 鬱病克服にはその気づきを多く重ねること、それだと思います。
僕はその歪みが治ってからはひどい落ち込みはなくなりました。
今では抗うつ薬も抗不安剤も飲まず、上述したようなハッピーな経験を多くできる生活を送れています
どうか希望を捨てないでください。
解決の鍵は自分の無意識に眠っています。

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  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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鬱病解決法ブログ 鬱病と僕の生い立ちと回復 鬱病克服プログラムで行ったルーツ分析から

 鬱病になる生い立ちと回復の記録鬱病克服の過程で気づいたことを書いていきたいです。
地獄の苦しみと苦労しながらも回復した記録になります。

 鬱病になるには理由があります。
脳内伝達物質がトラブルになるのも理由があるということ。
僕の人生を振り返って、なぜ鬱病で苦しまなければいけなかったのか考察しています。

 鬱病を治す方法と体験も掲載しています。
簡単ですが鬱病のルーツを辿る旅です。


鬱病原因と僕の生い立ち、そして回復1
鬱病原因と僕の生い立ち、そして回復2
鬱病原因と僕の生い立ち、そして回復3

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  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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鬱病解決法ブログ 鬱病になった原因の考察と分析 新たな展開 Part4

鬱病になる原因の考察 Part1
鬱病になる原因の考察 Part2
鬱病になる原因の考察 Part3
これはPart4です。1から3までまずお読みください。m(_ _)m


 社会人に甘えは許されません。
抑うつ状態のまま出勤し続けました。
社会人という責任に押しつぶされそうに何度もなりかけました。

 次第に気持ちの面が、意志に追っつかなくなっていった。
どんなに気力を振り絞ろうとしても、気持が全然ついてこないのです。
一日パソコンに向かい合うという仕事も、フラストレーションの発散がなく、僕の心に毒となって蓄積されていった。
抑圧のはけ口がない仕事だったし、会社も僕らを使い捨てに見ているようなところもあった。

 SE,プログラマという職業が、僕の性分に合っていると思っていたのに、そうは問屋が卸さない。
日曜日の夕方・月曜日・火曜日・水曜日が一番精神的にきつかった。
逆に金曜日・土曜日・日曜日の午前中はまだ気楽だった。
きついときは、もちろん仕事のミスが増え、上司からしかられた。
上司の目をいつも意識し、心を引っかき回された

 そのクソ上司と同じ空間にいるのが嫌でたまらなかった。
罵声を浴びせられ、プレッシャーもかけてくる、その上、褒めたりしない人間だった。
あいつがいるだけで神経を使いすぎ、異常に疲れてしまった

 同僚とのつきあいも嫌になってきた。
気に入らない奴らに思えてしまった。
被害妄想で、自分のことをきっと笑いものにしている、軽蔑されているとそればっかり考えていた。
それらもうつ状態に拍車をかけた。

 たるんでいるとか意志薄弱って自分でも思っていたから、無理矢理やる気を出そうとして頑張りました。
頑張ったつもりでした。
でも、心が追っつかなくなってしまった。
完全に燃料切れです。

 毎日視界の焦点がぼやけているような感じがした。
楽しいという感情もなく、ずっとロウな精神状態のまま過ごしていました。
プライベートでもいいことなんかひとつもありはしませんでした。
夜中、不安とストレスと後悔で飛び起きてしまうこともしばしばです。
悪夢を見たあとは一日中それを引きずっていました。

 一気に不安が僕を襲いかかり、僕の脳の中をかき乱しました。
去ってくれるまでひたすら我慢です。
でも我慢のしようがないほどきついため、発狂しそうでした。
逆に発狂した方が楽になれるから、別にいいと思いました。

 自分がいよいよやばいと感じたのは、自分の逃避の場所~部屋とネットゲーム~にいても、ホッと出来なくなってしまったこと。
テレビを見ていても、何が面白いんだ? こいつらはなんで楽しそうなんだ? って思い始めたことです。

 ゲームも急に味気なくなったり、自己嫌悪に襲われたり、動悸がしたり、自律神経のバランスがもっと崩れ、いつもだるくなった。
耳鳴り、頭痛、肩のこり、異常な発汗、寒気、息苦しさが起き、吐き気、下痢はしょっちゅうでした。
ここまで壊れていく自分を食い止める手段は、当時僕にはありませんでした。

 もうすっかり鬱病でした。
逃れる術は自殺だけ。

 気分がどん底の時、生きる価値がない存在だとはっきり自分のことを思っていました。
こんなに自分を過小評価できるかというほど、自分を低く思った。

 死にたい、死にたい、死のう、死のう、どうやって死のうか、いつ死のうか、死んだら親はどう思うか、でも死にたい、消えてなくなりたいと独り言を言っていた。
家族が哀しむ、それだけは避けないといけない。
でも、消えたい、大きなため息をすることで、必死で心の安定を得ようとむなしい努力もしていました。

 突然、死の瞬間が僕を襲うときがありました。
それは、何のためらいなく自殺できる状態でした。
「死」そのものしかない状態でした。衝動です(抗鬱剤の副作用の可能性が非常に高い)。
自分が不幸だとかそんなことを考える余地すら入らない状態だった。でも苦しかった。

 これは鬱病で日々死にたいと思っている中でも、もっとも強烈な状態だと思います。
でも、運良く自殺しなくてすみました。
そのころには、会社生活も休職せざるを得なくなっていました。


 こうやってうつ病や生い立ちに関するサイトを持っていると、昔の僕と同じ仕事に就いている人からメールが来ることが多いです(鬱病、自律神経失調症、対人恐怖症系の方)。
あらためて、鬱病患者はすごい数なんだなと実感できます。

 鬱病もすっかり社会に認知されましたが、やっぱり鬱病で苦しんだ経験がある人でないと、ほんとうに苦しさはわからないものです。
認められたといっても、周りから見たら、「精神が弱い奴」「たるんでいる」と結局は思われているでしょう。
匿名のネット掲示板を見ると、甘え、いくじなし、と全人格を否定することばかりか書かれてあります。
ですから、本当の意味での鬱病への理解はあり得ないと思う。

 鬱病にはまる要素を持ってしまった人が、その仕事を知らず知らず無意識に選び、結局、心には健康とはいえない職業だから、ますますノイローゼになってしまう。

 もし僕が岩波先生という破格の存在であらゆる面で飛び抜けている心理や脳の専門家と出会えなかったら、苦しみを通り越して今頃は自分からお墓に入っていたでしょう。
ずっと鬱病の苦しみが続くのならば、自殺を選んでいたと思います。
それとも強い抗うつ剤で薬漬けで、社会の末端で生きていたかも(当然親の世話になっているでしょう)。
どちらにしても、生まれてきた意味はなかったはずです。

 今は違います! 
一度だけの命なら、自分の可能性にかけてみたいと思っているし、頑張っています。
頑張れているといったほうが正解でしょうか。

 僕の鬱病からの回復遍歴についても書いていきます。
不満や劣等感や抑圧した鬱積した感情を発散できないままだと、どんな人でもはまってしまうと思います。
要は抑圧を発散できるようにしていかないと駄目だということです。
どんな職業でもストレスとプレッシャーはついて回るのですから。
そうしたら、コミュニケーション能力をあげていったり、自信を何でもいいから積み重ねていくことが必要となってきますね。

 幸い、岩波先生は人間関係構築の達人で、抜群のコミュニケーション能力を持っています。
同時に心の底から、脳の原始部分から強烈なインパクトを与えてくれた神経症克服プログラムを受けて、抑圧やトラウマの処理ができましたし、気持に余裕が生まれました。
その後やる気も出てきました。

 僕のうつ病克服のやり方は、無意識を攻略するというやり方でした。
抑圧の開放とトラウマへの執着を破壊していく方法です。
それができる脳内へ強く訴えかけられる状態に導く技術力を有するのが岩波先生でした。
鬼才といえると思います。
僕がここまで分析できて、自分のことを理解でき、鬱病がよくなることができたのも、岩波先生のおかげでしょう。
岩波先生に出会っていなかったら、鬱病から回復することはなかったと思います。

 はじめて受けた時のインパクトや感動、無意識の恐ろしさ、厄介さへの実感は、筆舌に尽くしがたいものがありました。
できうる限り、その時の描写もしていきたいです。


 以上で、僕が鬱病になった原因の考察を終わりたいと思います。
もし参考になり、鬱病克服突破の手がかりになれば幸いです!


Sugarbφy

僕の鬱病になった原因と流れと考察の全集はこちらです。
鬱病になる原因の考察 Part1
鬱病になる原因の考察 Part2
鬱病になる原因の考察 Part3
鬱病になる原因の考察 Part4

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  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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鬱病解決法ブログ 鬱病になる原因考察 テクノ依存症と仕事 Part3

鬱病になる原因の考察 Part1鬱病になる原因の考察 Part2


 僕の過去の人生を含め、鬱病・神経症とコンピュータ(テクノストレス・テクノ依存症)との因果関係を調べたくなった。
当時は「なぜ? どうしてこんな苦しいことに?」なんて考えすぎるほど考えてしまったので、必然的に考察してしまったといった方がいいかも。


 でも、それを分析することは、すなわち、僕の人生を分析することだったし、改善するには避けては通れないことだと、岩波先生に言われたからだ(落ち込んでしまう人は一人ではやらないこと)。
心理カウンセラーの先生も同意した。

 その鬱病とパソコン・コンピュータ・プログラム系の仕事との考察は以下のことです。

 同じことを言うけれど、ずっとパソコンに向かい合う仕事というのは、すなわち、人と接触をしなくてすむという利点?がある。
黙々と仕事をこなしていればいい(と僕には思えました)。

 他の職場は違います。
「人」というものが何にせよ、第一位にくるもので、人との折衝なくして、仕事は成り立たない。
職場の人間関係を良好に保つことも、仕事の一つかもしれません。

 営業も、営業成績が上がるだけ、会社の売り上げが伸びる。
営業とは人との接し方、話し方、押し、会話術、あらゆる人間関係の技術と自信がフル動員される。
それは僕はもっとも苦手とするものだった(今はちゃうで!) 

 だから、どんなに頭がよくても、人間関係の流れを円滑に出来ない人は、使いものにならないという烙印を押される。
営業の成績は、「おまえは人間関係がなってない駄目人間だ」という証明でもある(と僕は恐れていた。)「人」を避けていたら、できる職業は極端に制限されてしまう
だけど、コンピュータを扱う仕事ならば、技術を持っているわけで、一応格好もつきます。
また世の中が必要としている職業だったし、これから伸びると言われていた。

 結局、人付き合いが苦手な人は、パソコンが得意な人が多い。
テレビゲームとかネットゲームにもはまりこんでしまう人も多い。
鬱病や対人恐怖症系の悩みを持つ人はそれに逃避してしまうというのもあるし。
一人で楽しめる、一人で遊べるものならば、はまりやすいというか。
だから、一番の選択肢が、僕らのやってきたSE,プログラマの仕事になってしまうのです。

 でも、現実はSE、プログラマであろうとも、人間と接していかなければならなかった
頻度が他の業種、職種に比べて少ないだけで、どこにいっても避けられない。
こりゃぁ、生きにくいのもしょうがないですよね。
避けている人間と接するときのストレスは、普段接していないから余計感じてしまうし。
どこに行っても人間がついて回るんだから、その都度疲れるってことですね。

 人付き合いが苦手。少なくとも得意じゃない。
自分を振り返ってみると、すごく合点がいきました。

 自分の意志で選んだ職業だと思っていたのが、実はそういうマイナス要因の消去法だったことを悟ったとき、心(無意識)って怖いなと思いました。
そうならざるをえない生い立ちが僕にはあったにせよ、僕が満足に生きられる範囲がこんなにも狭くなっていたのは恐ろしいもんです。

 人とのつきあいが苦手、どう話していいかわからない、緊張する、あがり症もあるといった悩みの僕が、一日中パソコンと向かい合っていても不都合がない、浮かない仕事を真っ先に選ぶのは当然の帰結と言えると思います。
組織の中で、会社の中で、人とうまくやっていくことが困難だな、と無意識で感じていたら、当然、夜間警備員や家で出来る仕事、黙々とこなしていればいい職業といったものに惹かれます。
パソコンが特技というものがあった人なら、当然、そういった仕事に就くでしょう。

 SEの世界は日進月歩だから、新しい若い人がどんどん入ってくる。
古いのはどんどん追いやられて、派遣などで職を転々としなくてはいけない。
時給換算すると給料は全然割に合わない。
SEを現代の奴隷と揶揄する人もいますし、自嘲的に自分たちをそう呼ぶケースもあります。

 感情のはけ口もないから、ストレスがたまる一方。
そんな環境に、鬱病になる素質がある人が四六時中いたら、どうなるんだろうか?
自律神経失調症になります。 
僕みたいに自律神経のバランスが崩れて、神経伝達物質のバランスも崩れて、しまいに鬱病になっちゃんです!

 振り返ると、学校生活を通して、なかなか人とうまくやっていくことが出来なかった。
一人でも楽しめる人間だったし、一人で遊ぶことがとても楽しかったし、気楽でよかった。

 だけど、いやそれだからこそ、学校では執拗にからかいの対象や陰湿ないじめもうけたし、仲間はずれにされたこともありました。
人を警戒し、必要以上に人間関係で緊張を起こしていました。
対人恐怖症気味になったけれど、ならない方がおかしいと思います。

大学に進んだけれど、みな仲良く青春を楽しんでいるのに比べて、僕はいつも一人でいることを好みました。
でも孤独でした。
僕の未来は明るいものではないとか、この孤独感をどうやって解消していいか、てんでわからなかったです。

 楽しんでいなかったわけではありません。
ゲームやネットやパソコンをいじっていた時は、すごく楽しんでいました。
でも、それだけで人生が完結できるわけでもなく、いつか社会に出て仕事をして家庭を持っていかないといけない。
その前には恋人を作らないといけない。
すべてが僕に難しく感じられました

 誰ともうち解けることが出来ず、それでも人とうち解けたい
で、人間関係の構築で努力しても、結果はいつも裏目に出てばっかり。
浮いている自分が情けなくて涙が出ました
一人だけ世の中から取り残された感じがしました。

 だから、大学生活は、一人で出来るパソコンと仲良くなったのも無理は無いですね。
地方から出て、一人暮らしをしていたから、それを妨げる人などどこにもいませんでしたし。
インターネットや色々な家庭用ゲームにはまった。
ネットゲームにもはまるようになり、24時間ずっとやっていた時もありました。

 それをやっているときは、むなしさも忘れられたし、現実の生活のフラストレーションから逃避するために、依存していきました。
テクノ依存症というやつですテクノストレスも同時に味わっていたと思います)。

 昼夜逆転してしまい、朝7時に寝て16時に目覚める日が続いた。
目覚めは最悪で頭が重い。すごく憂鬱になった。
ゲームやパソコンで孤独を慰めていた。
ゲームやネットをしているときは熱中できたし、楽しかった!

 でもゲームやネットは麻薬だと思う。
とくにネットゲームはそうだと感じます。

 生きる上で不都合を抱えていた大学時代、どんどん迫る就職というものが怖かったものです。
僕は果たして社会で生き延びられるのだろうか、と不安でしょうがなかった。
社会でやっていけるか? ではなくて、生き残れるかどうかが心配だったんです。

 大学生活は気楽なもので逃げ場がたくさんあったし、実際逃げてばかりいても、食うことも困らないし、思う存分一人の世界にいられました。
でも先行きへの不安はどうしたって消せませんでした。
社会生活を送ったとき、職場での人間関係がうまくいかなくて、疎外され、毎日つらい日々を過ごしてしまうかもと、不安で不安でしょうがありませんでしたし、もし解雇されたら、立ち直ることが出来ないショックを受けるだろうと怯えていました。

 だから、前にも書いたような理由で、人と接触しない職場を選ぼうとしたのは当然の帰結です。
それも自分の特技が一番発揮できるプログラマーに。SEの中でも、仕事も営業をばんばんやらせるところもあり、そこだけはいやだった。

 なるべく自分が傷つかないような職場を探そうと吟味に吟味を重ねた。
人と営業交渉するところは絶対やりたくなかった。
営業なんかできない。すぐ首にされると恐れていました。
まだ首にされてもいないのに、そこまで怯えが強かったと言うことは、ストレス耐性がない証拠でもあります。
このときにもう僕は鬱病になるベースはすっかり出来上がっていたのです。

 つまり社会不安障害にすでになっていたわけです。
鬱病は当然の帰結……ですが、仕事の内容が決定的な要因となりました。
もしかしたら、別ののびのびとできる仕事なら、また違った生き方になっていたかもしれません。


 緊張しまくった面接をなんとか乗り切ることができ、どうにか内定をもらいました。
やればできるじゃないかと正直思いましたし、そこは自信にもなりました。
何とか自分の希望に添った仕事につくことができ、ホッと一安心でした。
お金も順調にもらえるし、自分に不都合なこともないだろうし、いい職業を選んだかなんて思っとりました。
でも、地獄の日々はここからです。
鬱病待ったなしの状態、なるための道を僕は歩き始めたのです。

 そのときまでは、鬱病ではなく、普通に人生を歩むことに不都合を感じるレベルでした。
社会不安障害気味といった感じ。
この程度の人は世の中にたくさんいるレベルです。
僕だけがノイローゼ的に突出していたわけじゃないと思います。

 でも、社会人生活が長くなるにつれて、抑うつ状態がだんだん出てきました
はっきりときついな、苦しいな、何か僕の心の中に不都合なものがあるなと感じ始めた。
鬱病がどんどん進行するようになっていきました。

 気分が優れない、常に不安に怯えるようになり、何をしてもテレビを見ても、おいしかった食べ物を食しても楽しさを感じられなくなりました
目の前の激務をこなすことだけで、気持に余裕がありませんでした。

 職場の人間関係でも嫌な人間がいたり、ひどい上司がいたり、その都度ストレスだし、仕事へのプレッシャーが厳しくなり、24時間そのことばっかり考えていました。
すなわち不安ばっかりの空気をずっと吸い続けて暮らしていました。

 非人道的な仕事内容や不規則な生活を強いられ、その上ノルマや期限が厳しく、こなしても褒めもしない上司でした。
抑圧がどんどん僕の無意識に溜まっていき、ストレスが僕の脳にダメージを与えはじめました。
死にたい、このまま死ねれば本望、寝たまま死んでしまいたい、この観念が僕の最大の夢になっていました。


次へ Part4へ(鬱病になった原因の考察です)

鬱病になる原因の考察 Part1
鬱病になる原因の考察 Part2
鬱病になる原因の考察 Part3
鬱病になる原因の考察 Part4

  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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鬱病原因と仕事、職業との関連考察 Part2

Part1はこちら


 この時点で、僕は神経症(メインは鬱病でした)に陥る要素を持っていたし、だからこそ、SE,プログラマの仕事を選んだということ。
見事に鬱病にはまったのは当たり前で時間の問題だったのです。
振り返ってみると、鬱病になるレールだけがずっと僕の半生に続いていたのです。
仕事の選択一つとってもよくわかりました。
こういう分析は岩波先生の神経症克服プログラムのなかでやっていったものです。

 分析すると、自分がよくわかり、鬱病への対処法がしやすくなるし、心がホッとするものです。
鬱病が原因不明でなっているなら、半生を分析してみましょう。

 自己分析って恥ずかしいものだし億劫なものだけど、それを避けていると、わけのわからぬままずるずる落ち込んでいってしまうと思います。
ただ鬱病が最悪の時はあんまりやらないほうがいいかも。
徐々に徐々にやっていったほうがいいかもしれません。
ただでさえ落ち込んでいるのに、落ち込むようなことをする必要はありませんから。

 話は変わりますが、鬱病で自殺した先輩が会社にいました。
勤めていたときに起こった出来事だけど、心の悩みで自殺したと聞かされていたため、鬱病という具体的な症状で死んだとは夢にも思わなかったです。
落ち込んでいて元気がなかったのは知っていたけれど、鬱病という病名だとはのちのちにわかりました。
僕が鬱病に陥って、一時休職すると上司に告げたときに言われたことです。


 この上司はいわくつきの最悪な人間でした。
大嫌いな上司だったし、どう接していいかわからない人でした。

 そういうことがあったから、お前も気をつけろ、と忠告されたときは、当てつけで言っているのか、皮肉かバカにしているのかと思った。おまえも死ねと言っているのかもと病的に思ってしまった。
これはいくらなんでも鬱病特有の被害妄想だろうけど、100%違うとは言い切れない心苦しさとわだかまりがいつまでも心に残っていました。
 
 鬱病はこうやってなんでもマイナスにとってしまう。
よけい人付き合いも疲れるし、何一ついいことなんてない! 
上司は異様に鬱病がこの会社に多いんだよなーといっていた。


 その前にお前が鬱病に陥って会社を辞めてくれ、と思ったが、厚顔無恥そうな奴だから、なりたくてもなれないだろう。
これは繊細で頑張りやだけがなるのが鬱病なんだ! とグダグダ考えていたのを思い出します。
でも、上司も心がストレスですさんでいたと思う。
しがない中間管理職なんだし、閉塞感漂う職場で、プログラマあがりなんだから。

 いまは余裕を持って、そうとらえることが出来るようになりました。
鬱病って、ものごとのとらえ方一つで楽になったりするから、自分を変えていくことも必要だと思います(薬では変えられないから)

 そして、鬱病が全く改善する兆しがないまま、僕は苦しみ続けていました。

 ずっとお世話になっていた心理カウンセラーも僕が改善できた心理・脳内プログラム(岩波先生の神経症克服プログラム)でも、やっぱりSE・コンピュータ・パソコン・プログラムをずっとやっている(そして、人との接触が極端に少ない、苦手な)人が、一番多く来ていると聞いた。
通っている人も僕と似ている人ばっかりだった。
そのことは自分を見つめ直すよいきっかけにもなりました。

 自分の見たくない部分を他人を通してよく見えてしまう。
嫌なことだけど、ありのままの自分を受け入れなければ前進はなかったので、いい刺激になりました。
人を見て自分の鏡にする。
客観性を持って、自分がどれだけやばい境遇にいるかを知ること。
鬱病を治すためにも必要なことだと思います。


 つらくてもきつくても、それで苦しむだけではなく、第三者の客観的な視点で、その辛さ苦しさを見ることができるようになってくると、だいぶ違ってきましたよ(でも、最悪の鬱状態の時、そんな悠長なことを言ってられないのもよくわかります)


次へ Part3へ


鬱病になる原因の考察 Part1
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  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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鬱病解決法ブログ パソコンとノイローゼ(鬱病・神経症)の関係について考察 テクノ依存症 Part1 

 僕は鬱病で苦しみつづけていました。

 やる気がでない(泣) 死にたくなるぐらい落ち込む理由を探っていたとき、あるデータを見る機会がありました。
鬱病を筆頭とする神経症に、一日パソコンに向かっている人、それを仕事としている人が圧倒的だというものでした。
SEやプログラマ、インターネット関係の人が鬱病に陥る可能性が非常に高いという衝撃を受けるものでした。

 僕がまさしく、一日中パソコンに向かい合う仕事をしていたのです。SE/プログラマでした。
そのデータを見たとき、僕は鬱病のつらさで休職をせざるを得ない状況だった。ぎりぎりまで精神が追いつめられていました。

 朝会社に行くことがつらくて、きつくて、出社拒否症にかかっていました。
駄目人間だと自己嫌悪に陥り、でも人生で一二位を争うくらい気力を振り絞って頑張って通勤していました。
頭が重いし、すっきりしないし、憂鬱でした。
なぜこの苦しさがつづくのか、この不安感はいったい何なのか、どうして僕だけが気分が優れない罠にかかってしまったのか、一生このまま苦しみ続けるのか、気分の落ち込みが晴れる瞬間すらありませんでした。

 だから精神科に治療しにいきましたが、抗うつ剤治療をやるところばかりで、飲めばいつの日か治るかもしれない希望もすぐに消えてしまいました。
当初、自律神経失調症と診断されていましたが、別の医者は鬱病だと断定しました。
あー、自分は鬱病なのか。この精神的な症状がどれほどむごいものなのかまだわからない時でしたが、社会から置いてきぼりにされた孤独を味わいました。
よくその心境を覚えています。
抗うつ剤治療を続けても、なかなか効果が出ず、薬の副作用でも苦しんでしまいました。

 僕も鬱病という悩みにはまっていたけど、職場のみなも、はっきりとわからないけど、何らかの心のトラブルを抱えていたと思います。
仮面うつ病やプチうつ病、新型鬱病、鬱気味、抑うつ症状など含めると、無縁の人はいなかったなというのを感じました。

 あと人間関係を構築するのが苦手(いまなら社会不安障害といったところでしょう)がほとんどでした。
神経症的な悩みとは無縁でのびのび生きている人はいなかったことは確か。
いるとしたら会社のトップだけだったかな。
この人は悩まようがないな~、という人は、こういった仕事をしていないだろうと逆に言えるかもしれません。

 でも、悲しいかな、僕はその仕事をする技術しかもっていなかった(嫌いではなかったけれど)。
元気なままでいる人は、最初はSEとかコンピューター系の仕事をしていても、すぐにもっと活発な仕事や起業をしているだろうと思います。
何十年もずっと続けていく仕事ではないと思います。
早く上にはい上がって、人を使い立場になるか(今も僕がそうです)しないと、メンタルタフネスがない人はストレスはものすごいと思います。

 そこから抜け出せないとかなり精神的に参る仕事だし、心に抑圧がかかって、鬱病などになってしまうのは身に染みていますから。
かなりストレスがたまる仕事だし、それまでの僕の生い立ちもストレスがたまるものだったから、そりゃ、脳内のホルモンの量に異常を来して、鬱病になるのもしょうがないかなと今は思います。
セロトニンが完全に供給されなくなるのも無理は無かったですね。

 もう一つ、なぜSEやプログラマーに多いかというと、鬱病や社会不安障害になりやすい性質の人が好んで(やむを得ず?)その職業に就くということもあると思います。
そもそもの問題として、鬱病とか神経症に陥ってしまう「何か」を抱えている人は、こういった仕事を知らず知らず選んでしまっているんだと思いますね。

 僕を振り返ってみますと、人付き合いをなるべく避けて、自分の弱点を人に見せなくてすむために、あの仕事を選んだものだった。
この僕の性質は鬱病を筆頭とした神経症になりやすいタイプに多いそうだ。
あと頑張りやで真面目だからストレスを人よりも抱え込んでしまう。
ストレスを抱え込むのにおあつらえの仕事がSEやプログラマーなんでしょうね。

 昔からパソコンに触れていたこともあるけれど、積極的な理由で選んだんじゃなく、消去法で選んでいって最後に残ったものが、コンピューターにずっと向かい合う仕事だったと思います。
人間関係という意味では楽だと思ったし、家ではずっとテレビゲームやパソコンに向かい合って生きてきたのだから、他の職業を探そうとすることは全く頭には入っていなかった。
そこにのちのち鬱病に転落していったしまう種があったんだろうな。

 人との煩わしいことはしなくてすむと思ったし、黙々と仕事が出来るから、選択肢は一つだけだった。
仮に人付き合いが悪くても、コンピューターに向かい合っていればいいんだから、と気楽にやっていけるだろう。
逃げ道をそうやって確保していたんだと思います。
人間関係が苦手なままでも、そちらで自分は評価されないという安心感というか。人から評価を必要以上に恐れる人間でした。

 鬱病は閉塞感があって心に抑圧がかかって、かつ頑張りすぎてへとへとになり、ストレスに押しつぶされるからなってしまう。
もう筋肉疲労が限界になっているにもかかわらず、それでも性格的に走ろうとしてしまうから、ついに筋肉がけいれんを起こして、走れなくなる。
それが脳内で起こっているようなものだと思います。
セロトニンなんか出なくなるわけですね。



 鬱病原因の考察について 
Part2にいきます。

鬱病になる原因の考察 Part1
鬱病になる原因の考察 Part2
鬱病になる原因の考察 Part3
鬱病になる原因の考察 Part4

テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

  1. 鬱病になった原因考察 僕の生い立ちと大うつ病の理由
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Author:sugarboy-sato
SUGAR BOYです。こんにちは。

 このブログは、元々『大うつ病からの回復と僕の生い立ち』という僕の大うつ病やテクノ依存症(テクノストレス)の考察やルーツ分析、岩波先生の心理・脳内プログラム(うつ病などを心のコアから治せる心理セラピー)の体験記などを綴ったホームページから端を発しています。

大うつ病やテクノストレス、SEの仕事やメンタルヘルスなことについて考察や雑感を書き記していきたいと思います。なおブログの下へ行けば行くほど古い記事になっています。最初から読みたい人は下の記事から上へ読んで下さい


 前にSE,SEマネージャーをしていましたが、今は会社を辞め、仲間数人とIT関係の会社を立ち上げています。幸いうつ病がぶり返す兆候もなく、また仕事の重圧も人間関係も非常にいい感じストレスも少ない状態です。以前よりもストレス耐性はついていると思いますが。ちなみに株もやってます。なかなか儲からないなー
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